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悪を抱き参らせる体験

あるセミナーに参加した時のこと。

一人の参加者の様子がオカシクなった。仮にその人物をAと呼ぶ。

目がうつろになり、しきりと舌なめずりをし、言葉遣いが荒っぽくなったのである。

そして語尾に「~じゃ」がついている。

少し古めかしい言葉遣いになっていた。

そのうち、参加者の一人を呼び出して、自分の脇に立たせた。

「ワシは殴り合いが好きなんじゃ。お前は好きか?ん?」 と言いながら、殴る真似をし始めた。



実は前日の夜、Aは既にオカシクなっていた。

とあるホテルの一室に十数人が集まり、Aを取り囲んでいた。

Aは、みんなの前で立ち上がり、蛇のように舌なめずりをしながら語尾に「じゃ」を付けて話をしたり、いきなり壁を拳でドンと叩いて威嚇したり、ドイツ語で歌いだしたり・・・ちょっと見には、多重人格が走馬灯のように次から次へと現れているような感じだった。

かなりオカシイのである。

それでも、なんとか落ち着きを取り戻して自分の部屋に帰っていった。

そういう事があった翌日、再びAがオカシクなったのである。





近くの席にいた私は、二人の間に割って入る格好でAの前に立った。
割って入ったものの、どうしていいのかは、わからなかった。

Aと目が合った。

しかし彼の目は、焦点が合ってない。まるで私の後頭部のあたりを見ているような眼差しだった。右目と左目の焦点も合っていない。

恐怖心を押し殺して、私はAの目を見つめ返した。

すると、Aは矛先を私に向けてきた。

私を殴る真似をする。挑発するような言葉を投げかけてくる。
しかし、どういう訳か、私には当たらない。
体の表面10cmぐらいのところで攻撃が止まるのである。

距離感がつかめていないような感じだった。

私は手を出さない覚悟を決めて、腕組みをしてAを見つめた。



内心はビクビクだが、イメージしたのは「草薙の剣」。



私の体の中に、ハラから胸にかけて、凛と光り輝く「剣」が、切っ先を上に向けて収まっているようなイメージ。



途中、他の参加者が私をかばうように、Aに言葉を投げかけた。

「やめろよ!」
「やめろっつってんだよ!」

彼はジロリと睨みつけてニヤリと笑い「殴ったな」と言った。

そしてまた、私に向き直り、殴ったり蹴ったりする真似を始めた。

ここでは「真似」と書いているが、彼の感覚では私を殴っていたのに違いない。

私の頭を抱え込み、下から肘を突き上げて来たりするのだが、私には当たらなかった。




ひとしきり殴る真似をした後、彼は私に「お前、殴ってみろ」と言い出した。

私が手を出さないのにしびれを切らしたのか、私の手を取って自分の頬に顎にパンチを入れ始めた。



私は手をふりほどき、ゆっくりと首を横に振った。

その時、どういう訳か、無性に切なくなった。




「もういい、もう自分を痛めつけるのはやめろ」という思いが心の中で一杯になった。

乱暴者の息子をなだめる母の心境である。母性愛というべきか。





そして私は一歩を踏み出して彼を抱きしめた。


ハグしたのである。なぜそうしたのかは、わからない。



背中をポンポンと叩き、頭をなでた。

すると彼は、「おお、すまなかったのう。大丈夫か?」といって、私の髪の毛を直してくれた。

さっきの殴り合いの真似事で私の前髪が乱れていたからである。

私は再び近づき、両手で彼の肩をポンと叩き、腕をさすり、両手首をつかんだ。


その瞬間、彼の体は脱力して、後ろにスーッと倒れた。

催眠術をかけられた人が、フッと眠りに落ちるような感じだ。

私は両手をつかんで、彼の体をそっと床に着地させた。

私は彼の横にしゃがみこみ、彼の胸をポンポンと叩きながら、子供を寝かせつける母親の心情になっていた。凄く切ない気持だった。

すると彼は、私の気持を察したのか、すすり泣きを始めた。

それまでジッと見ていた講師が出てきて、「起きろ」と言った。

Aは子供のような目で私を見て、両手を少しあげた。

手を取って起こして欲しいらしい。

私は静かに首を振った。そこまで甘やかすつもりはない。

そして彼は会場の後方に連れられていった。







ほんの数分間の出来事だった。

フツウの精神状態ではない人物と対峙したのは、これが初めてだった。

蛇のやり方は、たいてい同じである。

まず、こちらに先に手を出させるのだ。

アメリカが真珠湾攻撃を探知していながら、あえて攻撃をさせ、それを参戦のきっかけにしたのと同じである。


だから、決してこちらから先に手を出してはならない。

「先に手を出さない」というのは、物理的に「手」を出さないというのと、「言葉」や「想念」においても先に攻撃を仕掛けないということである。

相手は、先に手を出させようと、あの手この手で挑発をし、脅してくる。

その恐怖感やプレッシャーに負けて手を出したら、こちらの負けである。


これは霊戦の戦い方にも共通する方法である。

いざという時は、このやり方を覚えておくと便利である。






この体験で学んだこと。



先に手を出さない。こちらから攻撃をしない。相手の手に乗らない。

何があっても、何を見ても、絶対に真コトを貫く。

排除するのではなく、抱き参らせる「親の愛」が大事である。



・・・あまり上手く書けていないが、私なりの「悪を抱き参らせる」体験だった。

 
(2008.2.19掲載分 再掲)




注)ここで言う「蛇」とは、「龍(=スメラ)」に対峙する存在としての蛇という意味です。
  大きく言えば、ハルマゲドンは「龍と蛇との戦い」です。

 参考記事 「竜と蛇との戦い



この記事を再掲したのは、二つ理由があります。

ひとつには、「霊戦」の戦い方の一例として参考になるのではないか、ということ。

もうひとつは、私が対面した「Aさん」に限らず、これから先、「霊がかり(チャネリングではなく、いきなり別人格が出てきたりした場合)」に出くわした時に慌てないように、「こういうものなんだ」という予備知識を提供する意味で。
(そんなことは滅多に無いと思いますが)


人工呼吸のやり方を知っているのと知らないのとでは、いざという時、大きな違いが出る・・・みたいな感じでしょうか。


いずれにしても、いざという時は、最後に頼れるのは自分です。

いざという時に「頼れる自分」でありたいものです。



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「区別タテワケ」が大事

▼「区別タテワケ」とは(タテワケとヨコワケの違い)

「タテワケ」という場合、「跳び箱」を思い浮かべて下さい。

tobibako.jpg


上から下まで「横に」切れ目が入って「段」になっていますが、だからと言って、
これを「横分け」とは言いません。
上と下を「区別して」、「同列(同レベル)に扱わない」という意味です。
これを「区別タテワケ」といいます。

「ヨコワケ」と言う場合、これは「巻寿司の輪切り状態」です。
(「ヨコワケ」は、言葉としてはあまり使いませんが)
輪切りは包丁を「縦に」入れますが、「タテワケ」とは言いません。
そして、切り離された断片は、「区別せず」、「同列(同レベル)に扱う」という意味です。




自分の心をよくよく見つめてみた場合、一日のうちに様々な想念や感情が去来します。

それは、自らの内から湧き出てくる場合もありますが、時には、アンテナが「電波」をキャッチするように、特定の想念に自身の周波数が同調して、あたかも「自分の想い」であるかのように錯覚してしまいます。

そういう場合にキャッチする「想念」というのは、たいがい、「破壊的」で「破滅的」で「ネガティブ」で、要するに「世界を混乱に陥れる」ような性質のものではないでしょうか。

ここでは説明の都合上、これらの想念をまとめて、以後、「ネガティブ想念」と表記します。

このような「ネガティブ想念」をキャッチし、その想念にとらわれ、さらには自らの内で増幅させ、「人類の集合無意識」へ知らず知らずのうちに「発信」する人が増えれば増えるほど、それを喜ぶ「存在」がいます。

「彼等」は毎日のように「情報」を「発信」しつつあり、それを誰かがキャッチしてしまうのです。
まるで「海賊放送」のようなものですが、これらの「ネガティブ想念」の発信源の大元は「惑星ニビル」ではなかろうかと思います。(これは、私自身が検証確認することはできませんが、あくまで推測です)

人類が発する想念が、全体として「ネガティブ想念」のドス黒い雲で覆われれば覆われるほど、世界は混乱へと向かいます。

このようにして、「ドス黒い雲を吐き続ける煙突」ばかりが増えてしまっては、「一点の曇りもない、日本晴れの空」など望むべくもありません。

そして、たまたま、そのような「電波」をキャッチしてしまい、自分が「ネガティブ想念」を受け取ってしまった場合は、キッチリと「区別」することが大事です。

では、何と「区別」するのか。

「神界(または、高次元)」からのものか、「それ以外(低次元、霊人、闇の残存勢力、惑星ニビル)」からのものか、ということです。この点は、厳格な上にも厳格に「区別タテワケ」する必要があります。
言いかえれば、「審神(サニワ)する」ということです。

人という「受信機」は振れ幅が大きいため、周波数が合えば、どんな「電波」でもキャッチしてしまいます。

「ネガティブな想念」をキャッチしてしまったからといって、すぐに「ああ、自分は、こんなことを考えてしまうとは、なんてダメな(悪い)奴なんだ・・・」と悲嘆にくれる必要はありません。

たまたま、周波数が合っただけであって、その「ネガティブ想念」が、「真心(まことの心/本心/本神)」からのものではないことは明らかです。

だから、「ネガティブ想念」をキャッチした時、または、自らの内に「ネガティブ想念」を感知した時は、心を動かさず、とらわれず、ただ「流れる雲」を見送るようなイメージで、サラリと流してみてください。

「ドロドロ、ネバネバ」した想念は、「サラリ」と流してやることです。

「サラリと流す」とは、「意識の焦点を意識的にズラす」ということです。

とらわれず、動かされず、追いかけることもせず、ただただ、サラリと「ココロのスクリーン」の上を右から左へと流していきます。

岡の上などに座り、頭を動かさずに空を見つめていると、風が次から次へと雲を運んでは流れていきます。
「気になる雲」を見つけても、頭は動かさず、その雲が視界から消えてなくなるまで、放っておくのです。
やがて、厚い雲は流れて行き、晴れ晴れとした青空が視界いっぱいに広がっていることでしょう。

このようなイメージで「ネガティブ想念」をやり過ごすのですが、それがすぐに出来ないからといって悲観する必要は全くありません。
少しずつでも、「ネガティブ想念」をサラリと流していけるように練習するのです。

「いつになったら、雲がなくなるのか」「もしかしたら、雲は無くならないんじゃないか」などという、「余計な心配」もまた、サラリと流しましょう。


さて、昨今の様子を見てみますと、周波数が同調するからか、多くの方が、様々な情報(電波)をキャッチして、それから得た情報をブログ等で「発信」しています。

この場合、受け取った情報を、何も判断せず(区別タテワケせず)に「発信」してしまうのと、あるいは、『その情報が『高次元からのものか、否か』を審神(サニワ)して、きっちりと『区別タテワケ』をした上で、世界に「光」をもたらすような情報を「発信」するのとでは、大きな違いとなります。

その情報の発信元は「どこ(誰、どんな存在)」なのか・・・よくよく見極める必要があります。

「チャネリング情報」の「たれ流し」か。

「区別タテワケ」して、情報を「選択」した上で流すか。


ブロガーの腕(魂の磨き具合)の見せどころです。

そして大事なのは、膨大な情報を「区別タテワケ」して、「取捨選択する目」を持つということ。

百の「薬」の中に、一つだけ「毒」が紛れ込んでいる場合があります。

99%が正しい情報(薬)でも、肝心の1%が「毒」では、その情報を100%まるごと受け取った人は「毒」があるのを知らずに飲み込んでしまうということになります。

そして、それこそが、「世界を混乱に陥れよう」と画策する者達の常套手段です。


なんでもかんでも、「鵜呑み」にするのは危険だということを、いま一度、認識しておく必要があります。
このブログの記事も含めて、情報の「鵜呑み」は危険です。
勿論、私としては「毒」を撒き散らしたりしないように細心の注意を払っていますが。


最後に・・・

もっとも重要なのは、「ブロガーの魂の磨き具合」であり、「意識レベル」です。

ブロガーの意識レベルが上がると、その人のブログが発する「波動」や「響き」も上がり、活性化します。

そのブログの記事を読んで、「どう感じるか」というのが、一つの判断基準になります。




「気が楽になり」、「心が緩んでくる」・・・・・・「ゆるい」メッセージか。

「身も心も引き締まり」、「心が勇んでくる」・・・「きつい」メッセージか。




いずれが「いま、この時期」に、「ヒノモトの民」に向けられた神々からのメッセージを伝えているのか。


読んでみれば、自ずと分かるはずです。見分けがつくはずです。
だって・・・それだけの「身魂」を持って生まれて来られたはずですから。

この違いは、想像以上に大きいものです。


最後に、もう一言だけ。

「いま、この時期、心の手綱を緩めておりては、ものの役には立たんぞ!!」

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人類のアンカー

遥か遠い祖先から私達まで、気が遠くなるほどの時間をかけて受け継がれてきた「命のたすき」

今、私達は人類の最終走者として「命のたすき」を預かっている

祖先達が命を賭けて守り抜いてきた「命のたすき」の重さを考えたことがあるだろうか

ある者はその為に自らの命を投げ出し
ある者はその為に耐えがたきを耐え抜いた

そうした、とてつもなく重い「命のたすき」をかけて、今、私達は生きている

今、地球上に生きている全ての人が、オリンピックの聖火ランナーと同じように「命の火」を灯している

嵐の時も雨の時も決して絶やすことなく守られてきた「命の火」

その火を遡れば、神に辿り付く

神から与えられた命の火を、こんにちまで守り続けてくれた人々がいたからこそ今の私達がいる

自然界の中にあっては、人間一人の「命の火」の、なんと小さいことか、なんと弱々しいことか

それでもなお、数え切れない苦心の末に
今、私達のところまで「命の火」は消えずに残っているのだ

自分の命を大事にするという事は、自分以外の命も大事にするという事であり、自分につながる全ての祖先の思いを大事にし、尊び、受け継ぐ事なのだ

それは即ち神の意志を我が意志とすることだ



私達一人一人は、人類のアンカーだ



つまづいても転んでも倒れてもなお、一歩一歩前に進むしかない
失敗しても傷ついても苦しくても、途中でリタイアする訳にはいかない

私達は一人であって一人ではない
私達の背後には、過去の全人類がいるのだ

すべては、今、この時の為に、周到に準備されてきたのだ

自分にはその任が重いと思うかも知れないが、自分にしかできない役割があるのだ

できないと思っても、無理だ不可能だと感じても、もはや後には引けない

逃げることはできない
他人に代わることはできない
あくまで自分自身がやり通すしかない

一人一人がかけがえのない大事な命なのだ

あなたでなければ「あなた」という穴は埋められないのだ
「あなた」という穴は、あなた以外の者では駄目なのだ

倒れたら起きればいい
間違えば一から出直せばいい

どんなことがあっても、進むことをやめなければ、必ずゴールはあるのだ


(2008.2.18掲載分 再掲)


【ジンガより、皆様へ】

再発進した「真日本建国」ですが、その時々の直感により、「過去記事の再掲」または「新たな記事の書き下ろし」をしています。

過去記事を再掲する場合は、「いま、この時期に必要なメッセージ」と直感で判断した場合です。
必ずしも、過去記事を順番に再掲している訳ではありません。


今回、はからずもアルクトゥルスさん(の背後の方々?)からの「出陣要請」を受けた時、風呂場で洗面器の水を10杯、頭からかぶり、口をすすぎ、ひふみ祝詞を三唱しました。

ブログを書くということは、書き手の「意識レベル」というか、「波動」とか「響き」が、そのまま読み手に伝わりますので、まずは自らの身を正す必要があると痛烈に感じました。

ブロガーの「意識レベル」が上がれば、それにつられてブログの「波動」も上昇します。
逆に、ブロガーの「意識レベル」が下がれば、過去に書いたブログの「波動」も低下します。

そういう意味で、ブログを書く時には、直感をフル活用して、「いま、この時に必要なメッセージ」をお届けすることができるように配慮しております。


必ずしも毎日、記事をアップする訳ではありませんが、記事をアップするからには、それなりの内容の記事をアップさせなければ、とうてい、人様の、そして神々様のお目にはかけられません。

謙虚な上にも謙虚に、決して奢らず、さりとて萎縮するでもなく、さらには心を引き締めて、ブログの記事をアップしております。

時には、「読み手の背後の存在」に向けて、激烈な文章を掲載することもあろうかと思います。

このブログの記事の、どれかひとつでも、皆様方にとって、何かの参考やヒントになれば、これに勝る喜びはございません。

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もう一人の自分との対話

自分自身との対話

いわゆる自問自答

自分で自分に問い、自分が自分に答える

一切の誤魔化しはきかない

自分の心は自分が全て知っている

「お前、本当にそう思っているのか?実は違うんじゃないのか」

と、最も手厳しい質問が帰って来る

「本当のところはどうなんだ」

と、さらにたたみかけてくる

自分を一番よく知っているのは自分であるから

もう降参するしかない

「ああ、そうだよ。お前の言う通りだよ。確かにそうだよ」

と、観念する

すると、もう一歩突っ込んだ質問が来る

「で、お前は観念して、反省したフリをしてれば、それでいいと思っているのか?
それで世間は通るだろうが、俺は絶対に騙せないぞ」

恐ろしい質問である

「確かに、そういう気持もある。でも、全く反省してない訳じゃない」

正直な気持だ

こんなやりとりを、かれこれ5~6時間、真夜中にやった事がある

そして最後の最後・・・

「どうしようもねえ奴だけど、最後まで付き合うしかねえか」

やっとのことで質問攻め(最も手厳しい取り調べとも言える)が終わった

「僕」は「俺」と、ようやく折り合いをつけた

自分の甘さ、誤魔化し、いい加減さ、やっているフリ、ドロドロした部分は、自分が一番よく知っている

しかし、一点ではあるが真っ正直で清らかな部分もあることが

これ以上はないというほどに突き詰めたあげく見えて来た

一点の曇りもない「誠の心」「神を思う気持」「愛」

「自己愛」は、「自己に会う」ことで、より一層確かなものになる

それと同時に、徹底的に確認した「自己愛」こそが

「生きとし生ける全てのものへの愛」への出発点だと知る






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私の心が戦争を生み出す

北朝鮮が韓国の延坪島を砲撃し、民間人に被害を及ぼす重大な挑発行為に出たとのニュースが飛び込んできました。
今日は、このニュースで持ちきりでした。

被害にあわれた島民や殉職した韓国兵士には心より哀悼の意を捧げます。
(韓国からの反撃を受けた北朝鮮の被害状況は不明ですが・・・)


さて、それでは、直接砲撃を受けていない私たち(日本国=日本国民)はどうすべきか・・・

言い換えれば、「どう反応すべきか」ということになります。

対話により和解の道を探るか、あるいは経済制裁等の措置をするかは政治家が判断するとして、
我々一般市民の心理的な対応(反応)が、これから先の世界情勢の行く末を左右するかもしれません。


「日本は世界の雛型」ですので、まず日本から世界に「手本」を示す必要があります。


「闇を憎む」というのは、それ自体、実は既に「闇」を優位にするココロの働きとなります。
「闇を憎むのではなく、ただ、光を発する」というのは、「光」を優位にするココロの働きとなります。


短絡的に反応して、まんまと挑発に乗ったら、こちらの負けです。


「右の頬を打たれても左の頬を差し出す」よりも、そもそも「打たれるような何か」を、こちらが持ち合わせていなければ、「打たれる」ようなことにはなりません。
(過去に「打った」ことのメグリ精算の意味で「打たれる」ことはありますが)

そういう意味では、韓国と北朝鮮の互いのメグリは、まだ精算が終わっていないのかも知れませんね。

「荒ぶろうとする心」を鎮めて、今後の動向を静かに見守りたいと思います。


そのためのヒントとして、以下の文章が参考になるのではないかと思います。




私の心が戦争をしている限り

そのエネルギーは世界のどこかで戦争を生み出す

私の心に争いがある限り

世界から争いは無くならない

戦争を憎む心もまた、戦争を生み出す

だから、戦争を本当になくしたいと思うなら

自分の心を平和にするしかない

自分の心を調和で満たすしかない

そしてそれは

「いつか、誰かが、やってくれる」わけではない

「いま、私から、やりはじめる」しかないのだ

それだけが唯一、戦争を根絶する方法だ





真の平和を望むなら

戦争を憎む心を手放すことだ

責める心を手放すことだ

裁く心を手放すことだ

善悪の判断を手放すことだ

心の中の争いを止めることだ

そして、平和を望む心を手放すことだ



平和などという概念が存在しなくなった時

真の平和が訪れる

その時にはもう

平和を望む心も無くなっているだろう

すべてが調和していることだろう



真の平和を望むなら

その心があるならば

まず自分から

周囲に先駆けて武器を手放すことだ

相手が手放したら自分も手放すということでは

いつまで経っても武器は無くならない



真の平和を望むなら

まずは自分の心から

(2008.3.18掲載分 再掲)

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貴方の中にヒーローが眠っている

人の心は、ポジティブとネガティブの間を、あたかも「振り子」のように揺れ動きます。



何をやってもうまくいかない

失敗ばかり続いてしまう

どうせ自分は何をやってもダメなんだ


・・・そういう風に考えてしまうような時が、あるかもしれません。



心が萎縮して、後ろ向きになってしまうような時

ネガティブになってしまった時は、無理やりポジティブに考えたり

元気に振る舞ったりするのではなく

心の焦点を、その事柄から「スッ」と外してみてください。



「考えまい、意識すまい」と意識すればするほど

かえって思考の焦点が、「その事柄」に釘付けになってしまいます。



そして、「その事柄」を引き寄せてしまいます。

だから、意識的に、「心の焦点」をずらすのです。




そして、そんな時に思い出して欲しいのは・・・




自分の心の中にヒーローが眠っているということ。





貴方にも私にも、誰の心にも、ヒーローは眠っています。


映画の主人公のように

どんな試練も、いかなる苦難も乗り越えて

絶望的な状況にあっても冷静さを失わず

決してあきらめず、投げ出さず、逃げ出さない

あくまでも前へ前へと突き進んでいく強い意志の持ち主



そんなヒーローが、貴方の心に眠っています。


そのことを、決して忘れないでください。








“貴方の心を探ればそこにヒーローは居る
 絶望の時 内なる自分を見つめて強く在りなさい
(中略)
 いつか貴方は気づくでしょう
 貴方の中にヒーローが眠っていることに”


マライア・キャリーが静かに語りかけるように歌う『HERO(訳詞付)』です。
歌詞の意味をかみ締めながら、心静かに聴いてみてください。

YouTubeの方がサクサク見られるみたいです(別ウィンドウで開きます)
YouTubeの「HERO」(訳詞付)マライア・キャリー

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裁かないということ

真日本建国ブログの過去記事より再掲

「裁かないということ」(2008-05-15 投稿分)


「善悪」の概念に代表される『二元的なものの見方』を持つ者は、何かあると「アレは×、コレは○」と、すぐに何でも「○×」の判断をしてしまいます。

「世に現れているものはすべて、神が許しているから存在する」ということは、現世的に見た善悪も含めたすべてを形にするのを神が許しているということです。

逆に言えば、「絶対に、その存在さえ許されないもの」は、そもそも初めから、この世に存在していません。

何一つ、神の許しなくして存在するものはありません。

「目に見える形」を「○×」で判断するということは、「神が許して形にしているもの」を人間の短慮で「裁く」ということです。

それはつまり、「神を裁く」ということになります。

『何も裁かない心』『すべてを一つに見るものの見方』『すべてを許す心』は、即ち『神ごころ』です。

いくら知識を詰め込んでも、『神ごころ』にならなければ意味がないのです。



神は、人間に対して、決して「絶対にできないこと」は要求しません。

ということは、誰でも『神ごころ』になれるということです。


何か(誰か)に対して「裁く心」が生まれてくるということは、自分が心の中に「二元的なもの見方」を持っているということを意味します。

それは即ち、「神を裁く」ことをも意味します。


どんなにスピリチュアルなテクニック(ヒーリングとか)を身につけても
どんなにサイキック能力が高くても
どんなに凄い霊能力があろうとも
どんなに知識があろうとも


「心の掃除」をしなければ、何にもなりません。
『神ごころ』にならなければ、何の意味もありません。


「枝葉」の部分ばかり太らせていては、肝心の「根っこ」が育ちません。

本末転倒です。





もう一度繰り返します。

『何も裁かない心』『すべてを一つに見るものの見方』『すべてを許す心』が、即ち『神ごころ』です。

今までのモノサシ(価値観、基準)を持ったままでは、『神ごころ』にはなれません。

モノサシを取り替えなければ、今までと同じように見えるだけです。

この、「モノサシを取り替える」ということが、「心の掃除」です。

モヤッとしたものが一つもなくなるまで
一点の曇りもなくなるまで
神ごころになるまで

「心の掃除」は続きます。

こうやって言葉にするのは簡単ですが、とても厳しい道です。






この記事と同じタイトルを「にほんブログ村」の新着記事で見つけたので、「おや?」と思って見に行ってみたら、ほとんど同じ文章だった(笑)


そのブログは・・・内緒(^^)


いちおう、コメント欄に「私の過去記事と同じ内容ですね(笑)」と、やんわり注意をうながしてみたが・・・

昨日、記事が追加されていた(爆)。


しかも、真日本建国ブログの最新記事から転載しているようにも見受けられた。


追加されていたのは、この部分 ↓



世界、宇宙に向けて、「光」を発する

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これが、私たち、●●●●●●●●●●●●●●●●●●の使命です。

(●の部分は、文字数はそのままで「伏字」にしておきます)



真日本建国ブログの最新記事「エガオノチカラで世界を照らそう!」
http://jinga123.blog118.fc2.com/blog-entry-136.html


「エガオノチカラで世界を照らそう!」の最後の部分 ↓

世界に向けて、「光」を発する

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これこそが、「日の出ずる国」、「太陽の国」、「日の元つ国」、「ヒノモト」のハタラキである。





コレって、やっぱり「裁かない」ことの「お試し」なんだろうか・・・(^^;

さて・・・どうしよう。

ネットで他人の文章を引用する時は、記事の中にリンクを張って「出典」を明らかにするものだと思うが・・・

あるいは、この記事を見た時点で、既にバレバレなので、自分のブログ記事を削除するか。


まぁ、とりあえずは「放置プレイ」ってことで、様子を見るとしましょー。
(本人が、この記事を見れば分かるはず)。


ということで、あとは「お任せ」します(誰に?)



ちなみに、この画像(日本から世界に光が出ているような画像)は以前、ネットで拾ってきたものなので出典が不明です。

画像を使いたい方は、ご自由に「お持ち帰り」ください。

ただし、文章の「無断でのお持ち帰り」は、お断りしておきます。(^^)b



エガオノチカラで世界を照らそう!

神の本質は、喜怒哀楽でいえば、「喜」に該当する。

喜・・・つまり、「喜び」である。

それでは、「神さながら」に生きるとは、どういうことか。


それはつまり、「喜び」で生きるということになる。

言い換えれば、「嬉し楽し」で生きる、とも言える。


1.眉間にシワを寄せて「暗~い表情」で「暗~い波動」を周囲に撒き散らしながら歩く

2.眉間のシワを伸ばし「明るい表情」で「明るい波動」を周囲に撒き散らしながら歩く


1と2の、どちらが「神さながら」の状態に近いだろうか。

やはり、2ではなかろうか。


とはいうものの、何も知らない赤子ならいざ知らず、なかなかそうはいかないもの。

さらに、世界にはまだまだ、多くの悲しみや苦しみが満ち満ちている。


しかし、それを全て承知の上で、しかも、それらを乗り越えて、

強い意志を持って「明るく振舞う」ことは可能である。


幾多の悲しみを乗り越え、強い意志に裏打ちされた「笑顔」ほど、強いものはない。




それでは、世界人類の「光と闇」の割合は、どうだろう。

人類全体の総和を100とした場合・・・

 光 : 闇 = 49 : 51 の時は、「闇」が優位となる

 光 : 闇 = 51 : 49 の時は、「光」が優位となる


それでは、「光」を優位にするためには、どうすれば良いか。


「闇を憎む」というのは、それ自体、実は既に「闇」を優位にするココロの働きとなる。

「闇を憎むのではなく、ただ、光を発する」というのは、「光」を優位にするココロの働きとなる。




ここまで来ると、「光 : 闇 = 51 : 49」で、「光」が優位となるために、

「世界の雛型」である「日本」に住む我々は、どうすべきかが見えてくる。



眉間のシワを伸ばし「明るい表情」で「明るい波動」を周囲に撒き散らしながら、

強い意志に裏打ちされた「笑顔」で、「神さながら」に「嬉し楽し」で生きる



・・・ということになる。


それはつまり、天(あめ)が下を遍(あまね)く照らすハタラキであり、

アマテラス大神のハタラキとなる。


世界に向けて、「光」を発する

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これこそが、「日の出ずる国」、「太陽の国」、「日の元つ国」、「ヒノモト」のハタラキである。




毎日、マスメディアが見境なしに報道するニュースの大部分は、人々の気持ちを暗くする。

しかし、それに負けることなく、「神さながら」に生きることは、決して不可能ではない。


世界には、まだまだ数多くの悲しみが存在するのは承知の上。

だからこそ、強い意志を持って、

エガオノチカラで世界を照らそう!


“あなたが笑顔でいられるように
 みんなが笑顔でいられるように
 明日につながる希望をのせて
 エガオノチカラで世界照らそう”


YouTubeの方が、サクサク見られるみたいです(別ウィンドウで開きます)

YouTube 希望の歌~交響曲第九番』作詞:六ツ見純代、シラー 作曲:ベートーヴェン、藤澤ノリマサ

(有名なベートーヴェンの「交響曲第九番」をアレンジして日本語の歌詞を付けたものです)


「希望の歌」の歌詞は、こちら(歌詞を見ながら聴くと、より分かりやすいです)
http://kashinavi.com/song_view.html?47094


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「日本刀」のような「あなた」であってください

現実の世界に背を向けていませんか?

人の世で、肉の身で為すべきことから目を背けていませんか?

引きこもって、自分だけの世界でグルグル回っていませんか?

常にどこかで「最新情報」を探していませんか?
(ネット、書籍、セミナー、他人、ミクシィ・・・)

いつも誰かに「確認」していませんか?

何の努力もせず、汗をかかずに何かを得ようとしていませんか?


何の準備もせず、「何か」が起こるのを待ってはいませんか?



ヒトとしての基本を忘れていませんか?


あなたの使命は何ですか?

あなたの使命を決めるのは誰ですか?



自分の道は、自分が選んで自分で決めるものです。

いつでも自分の「真ん中」を信じて歩いてください。


あなたが、あなたの「真ん中」を忘れていても、

あなたの「真ん中」は、あなたを忘れないということを、

決して忘れないでください。



あなたは、いつでも「真ん中」と共にあります。

あなたが動く時、あなたと共に「真ん中」も動きます。


楽な道ばかりを選んでいては、「真ん中」のヒカリは曇ってしまいます。


磨きに磨き、鍛えに鍛えた「日本刀」のような「あなた」であってください。



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益荒男どもよ!

以下は過去の記事であるが、いま一度、決意も新たに、

上杉謙信の「懸かり乱れ龍」旗とともに掲げさせていただく。




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日の本に生まれし益荒男どもよ。

いざ奮い立て。

今こそ世界の親としての使命を果たさん。

こ度の次元転換にあたり、過去幾度となく転生を重ねて来たのは、こんにちの為であるぞ。

この地にミロクを顕現するのが、そなたらの天命であるぞ。

長き眠りから目覚め、そなたらの真の姿を現すべし。

火の元つ国に生まれし、つわもの共よ。

誠の旗印の元に集いし益荒男どもよ。

誠の神の誠の力を、ケガレ逆巻く今の世に光輝燦然と輝かせよ。

日本は世界の雛形ぞ。日の本の国とは、そなたら一人一人のことぞ。

いかな艱難辛苦をも、ものともせず、ただひたすらに神成る道を歩むべし。

奮い立て。奮い立て。勇んで参れ。

いよいよ時は来たれり。

そなたらの真の力を、底力を、思う存分現すがよい。

今、この時、この国を選んで生まれて来た己を誇りに思え。

無数の先祖が、そなたらの働きぶりを見ておるぞ。そなたらに期待して見ておるぞ。

神も見ておるぞ。

見事、誠を貫きて「あれぞ、ひつくの民」と呼ばれるほどに、カムハタラキをせよ。

こ度は千人力ぞ。そなた一人で世界の千人を背負うぐらいの大き心を持ちて歩め。

マコトの日の本の民が、いかなるものか、そなたが手本となりて世に示すのぞ。




日本は世界の雛型ですので、日本人の「響き」が世界に拡大されて響いていくという事でもあります。
 その「拡大率」とでも言うべきものが、「1 対 1000」です。
これは決して過大な表現ではなく、本当に日本人一人一人が「一騎当千のツワモノ」であり、それだけの身魂の持ち主であり、大きな影響力があるのだという事を自覚して下さい。

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再発進にあたり

今回、思いがけず、アルクさんから、名指しで呼びかけがあった。

直感で動くアルクさんの脳裏に、「真日本建国」と「ジンガ」が浮かんだのは偶然だろうか。

否。  世に偶然は無い。

これはつまり、アルクさんの「背後の方々」から、アルクさんを通じて「お呼び出し」がかかったと解釈すべきであろう。


「いつまで寝ておるか。目を覚ませ。起きよ!」と。


「いま、この時期」に、お呼び出しがかかるということは、「いま、この時期」に、何らかの言霊を発する必要性があったのだろう。

観客席で「うたた寝」をしていたら、いきなり指名されて舞台に上げられ、マイクを握らされたような感覚である。

いま、私が「呼び出され」、何かを語るということは、私の「背後の方々」が私をして語らしめるということである。

かといって、チャネリングではない。

私の場合、頭の中に「別の声」が響いてきて、それを書き留めるという類のものではない。

何も用意せずとも、語るべき言霊は、私の中に沸いて来る。


そして、それらの言霊は、このブログを読む方々や、その「背後の存在」に対して語りかける。

どの部分が“響く”かは、人それぞれ。



受け取るべき時に、受け取るべき人が、必要な言葉を受け取る。

ただ、それだけのこと。



さて、それでは何を語るか。

特に目新しい情報は無い。


昨今、巷では数多くの情報が溢れかえっている。

さながら「雨後の筍(タケノコ)」のように「アセンション予備校」が乱立し、「ハウツー本」が出回っている。


いわく、「アセンションに向けて、楽々、最短合格のノウハウを伝授します!」


なにやら、怪しげなノウハウやハウツーばかり。


太古の人類も、現代の人類も、その本質においては同じである。


幾重もの「重ね着」を剥ぎ取れば、そこには、ただ「一点の光」があるのみ。

全ての記憶を宿した、「原初の光」。

それこそがヒトの本質。

すなわち、「神の光」。


我々は、ただただ、「一点の光」を覆い隠す厚い雲を取り払うのみ。


余計なものを削ぎ落とし、「神なる身魂」の曇りを払い、磨きに磨き、鍛えに鍛え、

「神さながら」の輝きを取り戻す。


「一点の曇り」なきまで、磨き上げる。


いま、この時期に、余計なものを「引き寄せ」たり、「身につける」必要はない。

むしろ、「手放す」「削ぎ落とす」作業こそ、必要である。



幾多の転生を経て、曇りに曇った「鏡」を、コツコツと倦まずたゆまず磨くのだ。


決して楽な道ではない。楽であろうはずがない。



自分自身に対する厳しさを抜きにして、お気楽に魂が磨けると思ったら大間違いである。

まずは、このあたりの認識から変えていく必要があろう。

甘い言葉に騙されず、嶮しい道のりを自分の力で歩き通してこそ、「ヒノモトの民」である。


おのおの方・・・

くれぐれも、甘い言葉や楽な道には、ご用心めされ。

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いま、蘇える・・・ヤマト

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太平洋戦争末期、最後の希望として出陣した戦艦大和。

日本の古来の呼び名「大和」を冠する巨大戦艦は、あたかも、その後の日本の行く末を象徴するかのような最期を遂げた。

この敗戦により、一度はどん底にまで落ち込んだ日本・・・そして日本人。

もはや絶望的とも思われた再建の険しく長い道のりを、我々の先人達は血のにじむ思いで歩み続けてきた。


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そして時は流れ・・・現代。


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ヤマトは復活した。更なる進化を遂げて。

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いま、全人類の希望を担い、蘇えるヤマト。


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艦長も復活した。艦長とは、いわずと知れた国祖・国常立大神である。

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女性は「火の鳥」(全日本女子バレーボール)

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男性は「龍神」(全日本男子バレーボール)

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スサノオの末裔達が、遥かな時を超えて、いま、集結した。

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大河ドラマ「天地人」・・・上杉謙信の「懸かり乱れ龍」旗
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大河ドラマ「龍馬伝」
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スペシャルドラマ「坂の上の雲」
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・・・すべての動きは、偶然ではない。


「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」(連合艦隊参謀・秋山真之の草案)

・・・この言葉を現代風に翻訳してみると・・・

「人類の未来は、一人一人の今後の動きにかかっている。各自がそれぞれの意識レベルを上げるべく、一層奮励努力せよ」ということになる。

ちなみに「地球」の心配は必要ない。

「人類」がどうなるか、つまり、一人一人が「どうなるか」「どうするか」ということである。

(「Z旗」が掲げられた三笠の艦橋)
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ブログの紹介
真の日本とは何か。それは武士道でも仏教でも儒教でもなく、そして神道でもない。 それらを遥かに超える大昔、太古の神話の時代の日本。 「日の元」「火の元」「日の元つ国」「神気出ずる国」 「世界の雛型」「世界の親」・・・それが本来の日本。一人でも多くの日本人が真コトの「神響き(カムヒビキ)」を鳴り成らせることで、最後には日本人の意識が「100匹目の猿現象」でガラリと変わり、「真の日本」が現れる。 日本が変われば世界が変わる。 日本が変わらなければ世界も変わらない。 ユダヤの民は「立て替え」の御役。スメラの民は「立て直し」の御役。ユダヤの民は、これまでキッチリと御役を果たしてきた。これからが本当の日本の出番となる。
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