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邪気は蛇気を呼ぶ

「邪気」は「蛇気」を呼ぶ。

「邪気」は「蛇気」に通じ、また「邪鬼」にも通じる。

ここでいう「邪気」は、「身欲」や「分かつ知」。

「龍」と「蛇」で言えば、「蛇」に属するのが「邪気」。


邪気を持っていると、魂の底に封印された「邪鬼」が活動を開始し、

「魔釣りの経綸」が働く。正確には「仕組みが作動する」というべきか。

世にある「悪の御用」の者が見つけやすいように追跡装置の信号が点灯し、点滅を開始する。

「ここに居るぞ」とばかり、同じ「邪気」を持つ者を呼び寄せる。


この場合、「引き寄せの法則」が働き、「悪」は「悪」と「引き寄せあう」。

砂場に磁石をかざして砂鉄を集めるように、「邪気」を持つものは「悪の磁石」に引き寄せられる。

そして「悪」には「悪を裁く悪」も含まれる。

他人の悪を裁く「外道の善人」もまた、「悪の磁石」に引き寄せられる。

神が許さぬものは形にならず。形あるのは神が許した証拠。

原因なければ結果なし。神が許さねば形にならず。

神が許して形にしたものを裁くは、神を裁くのと同じ。

そして最後に「悪」は一網打尽となる。



「悪をもって悪を祓う」仕組み。



心が澄み切り、邪気が無ければ、追跡装置は点灯せず、

したがって「魔釣りの経綸」が発動することはない。

「悪の磁石」に引き寄せられることもない。

いま、この時期、世界中で「悪の御用」が大活躍している。

まずは心を澄み切らせるのが第一。



心を澄み切らせるのは「感謝」。



「感謝」と「身欲」は両立しない。

「身欲」あれば「感謝」なし。「感謝」あれば「身欲」なし。


「身欲」は「足る」ことを知らない。

「まだまだ、もっともっと・・・」と、欲望には際限がない。

必要ないものまで欲しがり、奪う「ケモノの心」



「感謝」は「足るを知る心」

「必要なものが、必要な時に、必要なだけ」渡される。

それで何一つ文句や不足を言わず、ただただ「感謝」。



心の鏡は「感謝」で磨く。

磨くべきは自分の心。

貫くべきは自分の真コト。


『分かつ知』の型示しとて二本の角持つ邪鬼申すもあるぞ。
いずれ元つマコトの神真釣りと並びあるは適わぬ事由、
首を切られ底底に封印されありたのじゃ。
汝の底底に封印されありたと申すに同じぞ。(「火水伝文」p142)

『蛇の力』を底底に封印せしは、その神力思凝り固まりて
《快欲》に囚われたる身欲悪、現れい出たれば
『魔釣りの経論』のハタラキ現れい出る様、
仕組みありての事でござりたのじゃ。(「火水伝文」p143)



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最近のつぶやき

「ヒトとして終わっている」というのは、「ケモノに成り下がった」ということ。

いまの時節はヒトとケモノの別れ目。

心と口と行いの全てにおいて、ヒトであり続けるという決意を固めよ。

もうこれ以上、ケモノに関わってはならない。
ケモノに関われば、知らず知らずのうちにケモノの響きになってしまうのぞ。
ケモノはケモノが狩る仕組み。ヒトが手を出すな。

他人の闇を暴く暇があったら、自分の闇と向き合え。

閻魔大王はあなたの心の中にいる。
言葉はどうにでも取り繕えるが、その動機や本心は誤魔化せない。
閻魔大王はあなたのことを全てお見通しだ。
最後は自分で自分を裁く仕組み。

無数の蛇が絡みつこうとも、びくともしない草薙の剣。
自分の真ん中に草薙の剣をまっすぐに立て持つのがスメラの魂の持ち主。

「その道を行け」と命ずる【真ん中】の声にのみ従え。
十人十色の他人の声に従う必要はない。

蛇の挑発に乗ってはならない。
蛇の挑発などに動じない龍の如くあれ。

ヒトの本質は「喜び」を求め、ケモノの本質は「戦い」を求める。

他人を清めるのではなく、まず自分を清める。

「これはヒトのやることか、それともケモノのやることか」…心と言葉と行動を自分でチェックする。

心がヒトとケモノのどちらに傾いているかは、自分で確かめるしかない。
うわべはどうにでも取り繕えるが、心の中は誤魔化せない。神から見れば一目瞭然。

『コノ使命、果タサデオクベキカ』我々は並々ならぬ決意と覚悟で地球にダイブした。
数多くの存在の期待と祈りを背負って・・・いまがその時。

何があろうと「真心」を貫くこと。
まず、そのように自分で固く決意しておく。
「真心を貫く自分でありたい」などという願望ではなく、「真心を貫くのだ」という決意こそが、いざという時、自分の軸となり羅針盤になる。

目を見開いて他人の悪事を探すのではなく、目を閉じて自分の内なる闇と向き合え。

心の中の「戦(いくさ)」が世界に反響していく。
世界平和を願うなら反戦運動をするよりも先に心の中の戦を終わらせること。

あなたの「真ん中」を信頼せよ。
決して裏切らず最後まであなたに寄り添ってくれるのは、他の誰でもない、あなたの「真ん中」なのだから。

ネットもつながらない、テレビも観られない、ラジオも聴けない、参考になる本もない、誰も対応の仕方が分からない、みんなどうしたらいいのかわからないような事態になった時・・・
最後に頼れるのは自分の直感。

・・・以上、最近のツイッターより抜粋して転載。

ブログの更新は滞っていますが、ツイッターはボツボツつぶやいてます。


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人類のアンカー

遥か遠い祖先から私達まで、気が遠くなるほどの時間をかけて受け継がれてきた「命のたすき」

今、私達は人類の最終走者として「命のたすき」を預かっている

祖先達が命を賭けて守り抜いてきた「命のたすき」の重さを考えたことがあるだろうか

ある者はその為に自らの命を投げ出し
ある者はその為に耐えがたきを耐え抜いた

そうした、とてつもなく重い「命のたすき」をかけて、今、私達は生きている

今、地球上に生きている全ての人が、オリンピックの聖火ランナーと同じように「命の火」を灯している

嵐の時も雨の時も決して絶やすことなく守られてきた「命の火」

その火を遡れば、神に辿り付く

神から与えられた命の火を、こんにちまで守り続けてくれた人々がいたからこそ今の私達がいる

自然界の中にあっては、人間一人の「命の火」の、なんと小さいことか、なんと弱々しいことか

それでもなお、数え切れない苦心の末に
今、私達のところまで「命の火」は消えずに残っているのだ

自分の命を大事にするという事は、自分以外の命も大事にするという事であり、自分につながる全ての祖先の思いを大事にし、尊び、受け継ぐ事なのだ

それは即ち神の意志を我が意志とすることだ



私達一人一人は、人類のアンカーだ



つまづいても転んでも倒れてもなお、一歩一歩前に進むしかない
失敗しても傷ついても苦しくても、途中でリタイアする訳にはいかない

私達は一人であって一人ではない
私達の背後には、過去の全人類がいるのだ

すべては、今、この時の為に、周到に準備されてきたのだ

自分にはその任が重いと思うかも知れないが、自分にしかできない役割があるのだ

できないと思っても、無理だ不可能だと感じても、もはや後には引けない

逃げることはできない
他人に代わることはできない
あくまで自分自身がやり通すしかない

一人一人がかけがえのない大事な命なのだ

あなたでなければ「あなた」という穴は埋められないのだ
「あなた」という穴は、あなた以外の者では駄目なのだ

倒れたら起きればいい
間違えば一から出直せばいい

どんなことがあっても、進むことをやめなければ、必ずゴールはあるのだ




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オオカミからの伝言(裁く心を捨てなされ)

オオカミからの伝言を伝えます。(「オオカミ≠狼」「オオカミ=大神」)

これからタテカエ最後まで、悪き響き益々日々高まりて、
小さきイサカイから大きイサカイのカタチをとりて、
様々鳴るメグリ汝等のもとに訪れ来る由、
取り違えなさりて危うき事に陥らぬ様、
危うき心の持ち様をご注意致し置くぞ。

汝が支えある者なれば、マコト貫き通すが汝の努めにてござるが、
マコトを通す申すは、他人を責めむ事にてはあらざるぞ。
汝が支えられある者にてあればなおの事じゃ。
他人を落としめ、汝ご自身も悪に染まるからじゃ。
好い加減に卒業なさるが善いぞ。

善も悪も大神の御子なるは、お伝え致したであろうがな。
善にも悪にも等しく機会を与うるが、神のやり方にござるぞ。
自らが三真釣る行にて、他人を喜ばす響きと鳴り成り鳴られて下されよ。

そが前に言の葉持ちて他人のマコト無きをなじりて居りては、
汝ご自身が辛く醜く、鳴り鳴りてしもうだけぞ。

何時までもハラに《我善し》詰めて居らねで、
三真釣り持ち行き喜ぶ響きと変え行きて下されよ。

三真釣る嬉しの響きで、他人を喜ばして差し上ぐるが善いぞ。
それでも《我善し》で汝が他人を裁く申すのなれば、
この方におイノチ差し出されてなさるが善いぞ。

なれど、汝が差し出せしおイノチ、元々汝のものにて無きは存知居ろうな。
真釣りてあれば裁きも無く。
真釣りて無くればマコト無き由、裁くは適わぬ事にてあろうがな。

マコトそのもので無き者、いかで他人を裁く申すのぞ。
神無き振る舞いにてあるが解からぬか。

汝等他人を裁く思いによりて
自ら神より遠く離れ居るを知らんのじゃ。

そがザマにありて、我一人清しなぞ思い居りては、
この方ご守護しやりたくあるも、側にも寄れん程の、
醜くき臭き響き鳴りて居る由、どうする事も出来はせんぞ。

裁く心を捨てなされ。
そは神の一番嫌う事にてあるのぞ。
今今は、神から離れるが一等危ういから申して居るのじゃ。

汝のマコトは他人にマコトを通さする事にてはござらぬぞ。
汝がマコトを貫き通す事にてあるよ。一緒にしてはならぬ事ぞ。

汝の周りの不調和、不都合申すものは、何時の時か、
汝自らが外した真釣りのお知らせじゃ、くどう申し置き居ろうが。

(中略)

汝等お一人お一人が、他人のマコトにちょっかいを出さずとも、
全人類お一人も余す事無くピタリピタリと、
自らに外した真釣りを取り戻す【メグリ】と鳴りて居るのであるから、
不公平ざ等と悪の教えに何時までも囚われて居らねで、
他人の事はこの方に任し置かれよ。

他人を責めねで和するハタラキあるではないか。
最期の最後に至りて迄、醜き心育むで無いぞ。


「火水伝文」p245~247

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自分の闇と向き合う

「光と闇の最終決戦」は、神界はもとより、各自の「心の中」、そして「外の世界」でも行われている。

ケガレ逆巻く世の動きは、今後ますます加速していくから、外の動きばかり見ていては、
その動きに巻き込まれてしまいかねない。

外を探せば探すほど、ますます訳が分からなくなってしまう。

だからこそ、心を鎮め、自らの内面と向き合うことが大事になる。

暴風雨の中でも、シンと静まり返り、冷静でいられるだけのハラが必要になる。



人間の「闇の部分」に必要以上に意識をフォーカスするのではなく、闇は闇として、その存在を認める。

そして「闇」を認め、許し、受け入れること。

「闇」を「悪」と言い換えても良い。

結局のところ、認めたくなくても「闇」は存在するから、認めざるを得ない。

絶対に許したくなくても、「負の連鎖」を断ち切るためには、許さざるを得ない。

そして、「闇」は自らの内にあり、外にあるものではないから、
そもそも取り除いたり排除したりすることは出来ないのだということを悟れば、
いやがおうでも受け入れざるを得ない。

心の中では様々な葛藤があるだろうが、それを乗り越えて「光と闇」を統合していくのが、
いまを生きる我々の使命であるから、やはり、自分の中の「闇」と向き合うことは避けて通れない。

自分の闇と向き合えば、他人の闇を裁くことは出来なくなるはずである。
逆に言えば、安易に他人を裁くのは「自分の闇と向き合っていない」ということになる。
いたらない自分を知れば、他人を裁くということが、いかに傲慢でおこがましいかに気付くと思う。
そもそも、他人を裁く資格など、自分にはないのだ。


自分の心を、よくよく見つめれば、次から次にドロドロしたものが出てくる。
忘れていたような怒りが出てきたり、憎しみや恨みが出てくることもあるかも知れない。

あるいは、恐れや不安、嫉妬、ねたみ、劣等感、他人に投げかけた酷い言葉や冷酷な態度、
許せなかった人、騙した人、裏切った人、見捨てた人、離れていった人、そうした人々に対する思い、
自分の言葉や態度で傷ついた人の思い、罪の意識、懺悔、後悔、愛されなかった悔しさ寂しさ・・・
挙げていけばキリがないかも知れないが、それらは自分の心の中に封印していたものである。

しかし、それらにひるむことなく、苦しくてもしっかりと向き合い、静かに見つめる。

辛くて嫌な思い出を、心の中で再体験することもあるだろう。
恥ずかしい、情けない、自責の念、自己批判などの思いが沸いてくるかもしれない。


そうした色んなものが、確かに自分の心の中にあることを素直に認める。
そして、そんな自分を許し、受け入れ、愛する。
場合によっては、誰かに対して、心からのお詫びと感謝の言葉を捧げる。
「ごめんなさい、ありがとう」と、心を込めて、心の中で相手に伝える。

そして自分に対しても、自分の「真ん中」に対しても、同じように語りかける。

お詫びと感謝をすべき相手は、いくらでも居ることに気付くはずである。
いまとなっては、もう会えない人もいるだろう。
それでも、自分なりの真心を届ける。うわべだけでなく、心を込めて。

「こんな奴は許せない」と思っていると、ドンビシャリの「こんな奴」が目の前に現れてくる。
しかし、その思いを、心の中で思い直し(思いを直し)、心からのお詫びと感謝を捧げる。
すると、その相手が目の前から消えてしまう。
私の経験では、「許せない」と思っていた相手との接点がなくなり、顔を見ることさえなくなってしまった。
あるいは、私の気に触っていた相手の言動が、いつの間にか無くなってしまったこともある。


そうやって、自分の心を掘り返し、一つ一つ、未解決のものを解決し、決着を付けていく。

心の闇に閉じ込めていたものを日の光にさらすことで、それを終わらせる。

色んな出会いや出来事や体験の意味を、神の視点で見つめ直し、思い直し、お詫びと感謝を捧げる。

「思い直す」 = 「思い」を「直す」(直す=正す=神の視点で見直す)

そうした作業を、一人でやっていく。


自分の闇と向き合うには、もっと違うやり方があるのかも知れないが、今のところ、私はこういうやり方しか知らない。


他人の「闇」を暴いたり、裁いたり責めたりするのではなく、まず自分の「闇」と、しっかり向き合うこと。

それが、「悪を抱き参らせる」ための第一歩となる。

かくいう私自身、まだまだ、多くの闇を抱えている。それはよく分かっている。
まだまだ甘い。掘り下げ方が中途半端、見つめたつもりで再度フタをしたり・・・
だからこそ、自分に言い聞かせる意味も含めて、いま、この記事を書いている。

ヒノモトの民は、これからが本当の出番であり、その真価が問われる時である。
ヒノモトの民として生まれてきた意味を、その使命を、いま一度、心に刻んでおかねばなるまい。


(2011.2.19掲載分)

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日の丸を背負う者

「日の丸を背負う」のは、何もオリンピック選手に限らない。

実は、あなたも私も「日の丸を背負う者」なのだ。

どういうことかというと・・・

まず、以下の文章に目を通して頂きたい。


「火水伝文」p265

今今は心曇りて居るが由、ご自身自ら、アタマでご自身の体をバラバラに分け
縛り付けて居られるから、体の各部は益々酷き有り様と鳴りて居るのぞ。

日本が世界のヒナ型申すは、汝等も世界のヒナ型申すを言うのであるぞ。

真釣り役の胴体がふ抜けて居りては、ご自身のお体が真釣れぬ同様、世界が真釣れぬも無理無かろうが。

この方がヒノモトの人民様に厳しく申すは、この事在りて有るが由ぞ。

汝等ヒノモトの民申すものは、地球世界を真釣り背負わねば鳴らぬ、スメラの御
ミタマにござるのぞ。

汝等の申す、人知に汚れた、への突っ張りにもならぬ話をして居るので無いぞ。

数ある民魂の真中の御役、[[最も辛きご苦労の、地の日月の神と統べ真釣る導き御役の響きにておわすのぞ]]。

辛きご苦労のお身魂であるが由、枝葉とタテワケ、一段も二段も上の響きのご苦労に堪えれる様、【元つキ】の直の御チ筋を引かせあるのぞ。

中身のご苦労もなさらいで、カタチばかりで取り違え、日本は偉い偉いなぞ申し参りても、ハラにマコトの一厘も無きが者の成さり様は、犬、猫にも恥ずかしい限りであるぞよ。

自らの真中のマコトが解からぬから、カタチばかりの言の葉で、体裁を作りて我が一番、我が一番等と威張り合うて参りたから枝葉の身魂にも劣る、悪き身魂に落ちてしもうたのじゃ。

 [[マコトを立て持つご苦労を、堪えて厭わぬおハタラキが、出くる身魂を]]上段の霊魂、申すのぞ。

少しは恥を知りて下されよ。

それだけの霊魂授かり、地の日月の神と鳴り成さる御チ筋にありながら、今のザマは何たる事ぞ。

[[ハラが枝葉のやり方真似てどうするのじゃ]]。

未だにハラにマコトの無き者は、アタマの毒に侵され居るから、自ら選んで成りた訳でもないに迷惑じゃ等、申す者も居られ様が何度も申し伝えある様に、そが者どもは、この方一人も要らんから、お邪魔せぬ様下がって見て居れ申し居ろうがな。

************************************

人はみな、生まれてくる国や地域や両親などを決めてから生まれてくるとされるが、希望者全員が「日本」に生まれてくることが出来るかというと、そうではない。

今の時節、人類史上最大のクライマックスを迎えるにあたり、「日本」に生まれてくるとは、どういうことか。

言い換えれば、「世界の親」として、「ヒノモトの民」として生まれてくるとは、どういうことか。



それは、肉体を持って地球にダイブした時点で、つまり、「ヒノモトの民」として生まれてきた時点で、既に「日の丸」を背負っているということである。

「日の丸を背負う」ことの意味を理解し、それでも「日の丸を背負う」ことを希望し、それが「身魂改め」によって認められたのである。


だから全員が「日の丸飛行隊」であり、「神風特別行動隊」であるともいえる。


あなたも私も、「日の丸を背負う者」なのだ。



(2008.6.11掲載分 再掲載)

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ブログの紹介
真の日本とは何か。それは武士道でも仏教でも儒教でもなく、そして神道でもない。 それらを遥かに超える大昔、太古の神話の時代の日本。 「日の元」「火の元」「日の元つ国」「神気出ずる国」 「世界の雛型」「世界の親」・・・それが本来の日本。一人でも多くの日本人が真コトの「神響き(カムヒビキ)」を鳴り成らせることで、最後には日本人の意識が「100匹目の猿現象」でガラリと変わり、「真の日本」が現れる。 日本が変われば世界が変わる。 日本が変わらなければ世界も変わらない。 ユダヤの民は「立て替え」の御役。スメラの民は「立て直し」の御役。ユダヤの民は、これまでキッチリと御役を果たしてきた。これからが本当の日本の出番となる。
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JINGA

Author:JINGA
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九星は「七赤金星」
宿曜星は「翼宿」
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★好きなもの色々
日の出、日の入り、富士山、雷、稲妻、入道雲、台風、荒波、夜明け前の時間(ミッドナイトブルーの時間)、一人旅、夏、海、海水浴、月夜の海、山のてっぺん、激流、静かな湖、滝、虎、馬、ワシ、ウルトラセブン、ゴジラ、かき氷、チョコレートパフェ、きなこ餅、トコロテン、アジのみりん干し、梅酒、天空の城ラピュタ、坂本竜馬、織田信長、勝海舟、スサノオノミコト、占い色々、人混みの中、コーヒー、キャンプ、群青色、焚き火の炎、水の中から見た空、虹、長い一本道、喫茶店、一人で過ごす時間、神社参詣

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