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他人の不幸に心を痛める感覚

東日本大震災のあと、しばらくしてテレビで特番が放送されたことがありました。

「貴重な未公開映像をお見せします」みたいな触れ込みで始まった放送を何気なく見ていて、ハッと気がつきました。

「これは、わざわざ見るべきものではない」と。

そして、私はすぐさまチャンネルを変えました。

被災者の方々は、もうあんな恐ろしく悲しい記憶が蘇るような映像は見たくないと思います。

しかし、被災者ではない人々にとって「未公開映像」というのは「見てみたい」という欲求に駆られるものです。

それは何を意味するのか。

「他人の不幸を面白がる(覗いてみたくなる)ココロ」があるということです。

恐らく、こうした側面は誰にでもあると思いますが、やはりこれは恐ろしいことです。

台風、水害、火災、列車衝突、事件、事故、地震・・・

およそ、人々に悲しみをもたらすような出来事というのは、部外者にとっては、
実は「おいしいニュースのネタ」になるということです。

それがエスカレートすると、「もっと凄い映像はないか」と探し回ることになります。

台風で壊滅的な被害を受けた農家の様子を見て「なんだ、この程度か」と思ってしまう自分。

町を覆いつくす津波の映像を何度も観てしまう自分。

そういう自分に気付いたとき、私は空恐ろしくなりました。

「ああ、自分は、もっと凄い映像を見たがっている」と。



最近ではタイの水害がニュースによく出ます。

日本の本州に相当する面積が水害を受けるという、そこに暮らす人々にとっては悲惨な出来事ではありますが、
遠く離れた日本に住む私達は、やはり他人事として見てしまいます。

そして、町全体が冠水し、腰まで水に浸かりながら歩く映像を、どこか「面白がって」「興味深く」見てはいないでしょうか。

何度も繰り返し放送されるうちに、感覚が麻痺してしまうのか、「ああ、これは昨日観た映像だ。他の映像はないのか」と思ってしまうことって・・・ありませんか?

過度の感情移入をする必要はありませんが、過度に「観る」のもどうかと思います。

結局のところ、「もっとすごい映像を見たい」という、恐ろしい欲求が私達の心の底にある限り、

ノンフィクションの映画はますます過激になり、フィクションもますます過激な映像を追い求めることになります。

しかしそれは、私達の心にある、「歪んだ欲求」を満たすだけのもの。

世界の出来事を、事実は事実として認識する必要はありますが、そこに「映像的な凄さ」は必要ないはずです。

そして、そのような情報に数多く触れるうちに、本当に、肉体的な痛覚をもって「他人の不幸に心を痛める」という感覚が麻痺してしまう。

恐ろしいことです。


「心が痛む」という時、本来なら誰しも、本当に胸がしめつけられるような感覚になるものです。

しかし、感覚が麻痺してしまうと、胸がしめつけられて痛みを感じるどころか、胸が躍るような感覚にさえなってしまいます。

誰しも「怖いもの見たさ」というものはあります。

しかしそれは、あまり深入りすべきものではないと思います。

いまでは、各メディアで流される情報は「怖いもの」「凄いもの」ばかりです。

「もっと、もっと」と求める欲求が視聴者の心理にあり、それで視聴率が稼げるならテレビ局はどんな映像でも流します。放送倫理に触れない程度で。

テレビに限らず、新聞、ネット、ブログ、ツイッター、facebook・・・

ありとあらゆる情報媒体を使い、「ネガティブなニュースの再生産」や「ばら撒き」をセッセとしていませんか?


だから私は、そうした情報には意識的に「距離を置く」ことをおすすめします。

「もっと凄い、生々しい、悲惨な映像を見たい」という、自分の中の「歪んだ欲求」にハッと気付いたら、その場で意識を切り替えてください。

その出来事の陰で、悲しみや苦痛を感じている人々がいるという事実に思いを馳せてください。


人として、もう一度、あの感覚を取り戻す必要があります。

純粋に、他人の不幸に対して「心を痛める」という、人が本来持っている感覚を。

そのような感覚は、教えられなくても自然と身についているものですが、長く社会生活を営むうちに、次第に麻痺してくるものでもあります。

孔子はこれを「惻隠の情」と表現しています。

「メグリの清算なんだから当然だ」というのは理屈ですが、それ以前に「ああ、かわいそう・・・」と感じる心があるはずです。

人が痛みを感じる時、「真ん中」の神も同じ痛みを感じ、味わっているのです。

他人の不幸を見て何も感じないようでは、もはやヒトとはいえません。
しかし、だからと言って同情心から安易に手を出すのは注意が必要です。

かえってメグリの清算を長引かせてしまう場合があるからです。

このあたりの見極めは難しいところではありますが…


慙愧慟哭、血の涙を流しながら我が子にメグリを渡す神の心情は、いかばかりか・・・

見ているのが辛いからと、楽な道ばかり歩ませるのが真の親ではありません。

必要であれば、心では泣きつつ、我が子に茨の道を歩ませるのが、真の親というものです。

手を出さず、同じ痛みを耐えながら、じっと我が子がメグリの清算を済ますのを待っているのです。



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真の日本とは何か。それは武士道でも仏教でも儒教でもなく、そして神道でもない。 それらを遥かに超える大昔、太古の神話の時代の日本。 「日の元」「火の元」「日の元つ国」「神気出ずる国」 「世界の雛型」「世界の親」・・・それが本来の日本。一人でも多くの日本人が真コトの「神響き(カムヒビキ)」を鳴り成らせることで、最後には日本人の意識が「100匹目の猿現象」でガラリと変わり、「真の日本」が現れる。 日本が変われば世界が変わる。 日本が変わらなければ世界も変わらない。 ユダヤの民は「立て替え」の御役。スメラの民は「立て直し」の御役。ユダヤの民は、これまでキッチリと御役を果たしてきた。これからが本当の日本の出番となる。
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