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自分の道を歩け
- 2008/02/27(水) 01:54:40

十人が横一列に並び、同じ道を歩いている。
左端の者は、この道でいいかどうか迷っていたが、
右隣の者の自信ありげな顔を見て、安心して歩き続けている。
ところが右隣の者は、そのまた右隣の者を見て確認しながら歩いている。
さて、それでは右端の者はどうか。
彼は自分の進む道に確信を持っていた。
何故ならば、彼の左隣の者が絶対の自信を持って歩いているからである。
みんなが同じ方を向いているからといって、それが絶対に正しい訳ではない。
数の多い少ないでは、本当の正しさは証明できない。
つい最近まで、ほとんど全員、地球が丸いとは思っていなかった。
外に頼らず、自分の内の声を聞きつつ、自分の道を歩けば、例えそれがどんな結果になろうと、後悔はしないはずだ。
他の責任にはしないはずだ。
この世に本当の意味で失敗はない。
成功もない。
ただ経験があるのみ。
人はみな、生まれてから死ぬまで、それぞれの道を、ただ独りで歩いている。
例外はない。
だから、自分の道は自分で選び、自分で決め、自分の足で、自分一人で歩け。
この世で最も確かなもの
それは自分自身の心の声だけである。
自分の道は自分しか歩けない。
他人の道を歩くことも、他人に自分の道を歩いてもらうこともできない。
最初から最後まで、自分にとことん付き合うのは、自分しかない。
周りがどうであろうと左右されずに、自分の道をしっかりと歩け。
人間のすることに間違った選択はない。
人間が行動できるものは全て正しい選択である。
絶対にしてはならないことは、思うことすらできない。
他人に合わせて、他人に確認しながら歩く者は、自分の人生に責任を持てない者だ。
自分の人生に責任を持つということは、すべてを自分で決めることだ。
外に頼らないことだ。
人や本や宗教に頼らず、ただ自分の心に従って歩きはじめる時、本当の意味での自分の人生がはじまる。
自分の人生を他人の手に委ねてはならない。
一切の干渉を受け付けず、一切の助言を聞かず、この地上に人間はただ独りであるかのごとく生きれば、真実が見えてくる。
自分の道を歩きながら経験することは、どんなことでも、すべてが永遠の宝となる。
他人の言う事を聞いて、他人の言うままに、他人の望む道を歩いている者よ。
おまえの道はどこにあるのだ。
おまえの人生はどこにあるのだ。
他人の言う事を聞いている暇はない。
おまえの人生は短いのだ。
サイの角のように、ただ独り歩け。
野中の一本杉のように、ただ独り立て。
空高く舞う鳶のように、ただ独りあれ。
ただ独り、自分の道を歩け。
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こんばんは。真を伝えて下さっているのですね。自分の道を歩け あるきたいです。けれど年老いた親の事などを考えると、それを振り切ってまでと躊躇してしまいます。それとも振り切ってまで自分の道を歩いた方がいいと思われますか?それを決めるのが自分?
>えみ さん
コメントありがとうございます。
事情がよく分からないままお答えするのはどうかと思いますが、「年老いた親と共に歩む真の道」というのを考えてみてはいかがでしょう。
何が自分の本心なのか、よく見つめ、自分の本心に従うことが大事です。
お返事ありがとうございます。
成る程「年老いた親と共に歩む真の道」これがベストだと思いました。
私は神の道へ進みたいというのが本心です。母は宗教を大事にしています。いろいろありましたが私の中では宗教を頼らずに生きていきたいというのが本音でなかなか母にいえませんでしたが、少しずつ伝え、母と共に真の道を歩んで行きたいと思います。