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汝の本心に立ち返れ
- 2008/03/25(火) 22:30:00
この方は、天国しか作っておらんのぞ。
そなたらが、そなたら自身の心にて、この世を地獄と化していることに気がつかぬか。
他人と競う必要がどこにある。
天恵は無限であるぞ。
無限に生きとし生けるものすべてが、何不自由なく暮らしていけるよう仕組みたのが、この地球ぞ。
無限に循環する仕組みぞ。
無限なる天恵を、なぜに有限と決め付けるのか。
誰が有限だと決めたのか。
天の恵みが無限ならば、そなたらは誰一人として、暮らしに困る者など、ありはせんのが真実ぞ。
分け合い、満たしあい、嬉し嬉しの連鎖が出くれば、そなたらは無限に、何不自由なく、この地球で暮らせるのぞ。
金を神とし、神を自らの外に作り出し、人を集めて外の神を拝むとは、マコト、神の子のすることではないぞ。
汝等の内に神があるのぞ。魂の底におわすのぞ。
汝等が生まれてこのかた、一瞬たりとも神と離れたことなどないのぞ。
神と人とは一体であるからぞ。分離不能なのじゃ。
心の中を見つめてみよ。
静から見つめてみよ。
欲心の泡が消えさった後、深く静かに満ち足りた心の湖に、
その底の底におわすのが、真の神ぞ。
激しく騒がずとも、一心不乱に祈らずとも、強く求めずとも、そなたは神と通じておる。
一人一人が心静かに己の内面と向き合えば、そもそも宗教など必要ないのぞ。
誰が宗教を作れと言ったのか。
誰が自分以外を崇めよと言ったのか。
誰が戒律を作れと言ったのか。
いい加減に目を覚ましなされ。
そなた自身が、神ぞ。
そなたがそなたの神であり、そなたの神は他人の神でもあるのぞ。
すべての者が、内なる神を通じて、一つに連なっておる。
誰が分離したのか。
誰が孤立させたのか。
誰がそのように教えたのか。
真の神の真実を知らない愚か者の虚言に惑わされ、欲心ばかり肥大させおって、それでは神と申せぬぞ。
そなたは神の子であるぞ。
真の神の子であるぞ。
真の神の真の力を表す時が来るぞ。
目覚めよ。我が子よ。わが後継ぎよ。
汝の目覚めが宇宙に響くのぞ。
汝の目覚めが、宇宙の目覚めを促すのぞ。
汝の気づきが、その第一歩じゃ。
汝の心の底の底から湧いてくる、やむに止まれぬ思いを見つめよ。
それが汝の本心ぞ。本心が本神が本真ぞ。
くれぐれも、上っ面でブクブクと泡ふく欲心を、汝の本心と勘違いすなよ。
今の世は、汝の欲心を泡立てるものが溢れておる。
泡はブクブク膨らんで、やがて消え去るのがさだめ。
泡に踊らされるなよ。泡踊りとなって最後は消え去るぞ。
外に何かを求めても、それは限りがないぞ。
外には、汝が求めれば求めるほど、いくらでも、汝が欲するものが現れてくるぞ。
キリがないぞ。
真理を求め、神を求めれば求めるほど、あらたな真理が、新たな神が現れてくるぞ。
神の言の葉を欲しがれば欲しがるほど、いくらでも、あちこちから神の言の葉が現れてくるぞ。
これもキリがないぞ。
もう、よいではないか。
外に求めずとも、汝の内にあることに気づけよ。
汝の本心を、よくよく見つめてみよ。
心の泡が消え去るまで、よく見つめてみよ。
汝の本質は愛であるぞ、光であるぞ。
汝は愛の響きを鳴り成り響かせたいのが本心ではないのか。
汝は光の響きを鳴り成り響かせたいのが本心ではないのか。
汝の魂の底の底には、愛と光しかないのぞ。
それ以外は嘘じゃ。偽りであるぞ。虚ろであるぞ。
心の曇りが映し出されておるだけぞ。
喜べ喜べ。楽しめ楽しめ。
苦も楽も裏表ぞ。
苦も楽も、その本質は喜びぞ。
他人を憎しみたいのが、汝の本心か。
他人と争うのが、汝の本心か。
他人と奪い合うのが、汝の本心か。
他人と競い合うのが、汝の本心か。
他人と比べたいのが、汝の本心か。
優越感、自尊心、劣等感、嫉妬、妬み、嫉み、怒り、焦り・・・
泡ばかり多いのう。ブクブクと騒がしいばかりぞ。
汝の本心は、今も昔も、いつ何時も、シンと鎮まりかえっておるぞ。
デンと構えて、おおらかであるぞ。朗らかであるぞ。
本心の響きは喜びのみぞ。
汝の本心に立ち返れよ。
原点に返れよ。
原点は原子の点であるぞ、元始の天であるぞ。
原点は源点であるぞ、源天であるぞ。
汝の本質は神であるぞ。愛であるぞ。光であるぞ。
それが真(まこと)ぞ。
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この記事に対するコメント
こんにちは!
映画「マトリックス」で、エージェント・スミスの、
「もっとましな世界を選ぶ選択肢がいくつもあったのに、お前たちの下等な脳が、今の世界を選んだのだ」
といった台詞を思い出しました。
エゴの自分が良かれと思ってやったことが、真の自分を傷つけることだったなあ、と最近思います。
真の自分に気づけない人が、宗教の戒律を守ることで、自分を守ることは出来ると思います。
>夏娃さん
もし、すべての戒律をはずしたら・・・「真の自分」は、どうすると思いますか?
戒律が必要なのは「エゴの自分」です。
初めまして^^
いつもお勉強させて頂いております。大切なお言葉を有難うございます。
戒律などは一昔前までは必要であったのかも知れません。
何故なら、人は我が儘に戦い尽くし、悲惨な時代を猛進していたからでしょう。
今はどこかうわの空になっているような気がします。
虚無感と言うより、私自身は「空白感」が言い得ているように感じます。これは私だけが感じている世界なのかも知れませんが・・・
だからといって、実生活では働きもするし、得た収入で食べたり飲んだり・・・
う〜ん、表現がいまいちですね。言葉って数が少ないですね。
この心をどう伝えれば良いのか、・・・いつも書けないのですよ。
病的な空白感ではなく、何かワクワクするような空白。
無限?∞? 何でしょうね?
また読ませて頂きますので、宜しくお願い致します(ぺこり!)
>coomi さん
そうですね。空白感ですか・・・
「雲一つ無くカラリと晴れた青空」という感じでしょうか。
あるいは「涼しい風が吹き渡るような爽快感」とか。
そのような心境に達したのではないかと思います。
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
ウタ
天恵は 無限であるぞ 有限と 思うがそれが あやま知なるぞ
これからも 有り余るほど 用意して あるのぞ好きに 自由に皆で
奪い合う 必要ないぞ 何もかも 無限のままに 与え取らすぞ
天恵は 誰のものでも 無いのざぞ ざから仲良く 山分けをせよ
世の中に 売り買い出来る 物それは 一つも無いぞ すべてがタダぞ
何もかも タダで与えよ 上はみな 幸で埋もれる 下も同様
余るほど 与え取らせよ 喜んで 皆どしどしと 仕事しだすぞ
国富んで 来るぞ神徳 満ち満ちて 元の姿が 現れるのぢゃ
乗り物も タダぢゃ年貢も 税金も 無しぞ生活 用品もタダ
日の光 見よと申して あろうがな 黄金(きん)はいらんと 申してあろう
働かぬ 者にもしかと 余るほど 与えてやれよ 長い目で見て
喜びの ままに分け合い 満たし合い まことの天が 見えて来るから
内にある 神を通じて 皆々が 繋がりて居る 真実を知れ
今の今 真の神の お力を ご覧に入れる 時が来たから
この度は 一人覚めれば 千人が 助かる世界 救われるから
m(__)m