国常立大神様の復活宣言

  • 2008/04/01(火) 00:30:58

kokusoshin.gif

「大本神諭」、「日月神示」、そして「火水伝文」・・・これら一連の神示に共通するもの、それは・・・

「得心いくまでかかって参れ」
「どこからでもかかって参れ」
「水も漏らさぬ神仕組みぞ」

・・・などの、一種、“挑戦状を叩きつけるかのような気迫”である。

もはやこれは明らかな「宣戦布告」であると同時に、絶対的な「勝利宣言」でもある。

どうあがいても、天地がひっくり返っても、何をどうしようとも、絶対に「お前等に勝ち目は無いぞ」と決め付ける物言い。

この「圧倒的な自信」と「絶対的な確信」はどうだろうか。

「対等の立場」ではなく、「絶対的に上の立場」でないと、こういう台詞は出てこない。

横綱が幕下を相手に凄むぐらいの話ではない。

ゴジラがシラミを踏み潰すような絶対的な力の差。

龍が蛇を睨みつけるような格の違い。

一種、小気味いいほどにキッパリと言い切る凄み。

その“凄み”の背景にあるのが、九分九厘からすべてをひっくり返す「大ドンデン返し」の大技。

そして、それらを完璧に仕上げる神仕組み。

こういう類の「迫力」は、やはり日本神界からのメッセージにしか見られない。


長い間、世界の鬼門にあたる日本の地に封印されていた国祖・国常立大神様。

しかし、封印される前に「水も漏らさぬ神仕組み」を構えていたのである。

そして、一連の神示は、「もうこれ以上、お前達の好き勝手にはさせないぞ」とばかりに、最期の土壇場で復活される国常立大神様から、全人類及び神々へ向けての『復活宣言』であると同時に、我々ヒノモトの民に対する『檄文』でもある。



こ度は悪の影さえ残さぬのざから最期の仕上げを見てござれ。

こ度の相手は元つ神ぞ。決死の覚悟で来てござれ。

しかあれ、彼の者どもも始源の時汝等と共に『囚われ』の重き病みにかかりた者でありたのじゃ。
このこと彼の者どもも知らず。
由に『我善し』と思うておるのじゃ。この事、こ度に関わる深因なるゆえ覚えおきくれよ。
後に解かるぞよ。

今、最期の時。彼等の企み、彼等の申すとうり九分九厘成功しておるのぞ。

彼等の企み最も鮮やかに花開きたるは日本なるぞ。
汝、気付かぬか。
日本の人民様見てござれ、上から下まで見てござれ。

彼等の言うた<自ら思考する事の出来ぬ>人民様や
<欲望のままに生くる>人民様ばかりの世になりなりておろうが。

  「火水伝文」p20

<参考記事>

超古代史年表



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ウタ

この度は 悪は影すら 残さぬぞ 皆全員で ミロクの世ざぞ
誰一人 落とさぬ神が その様に 仕組みしてある それで掃除と
この度の 相手は元つ 神なるぞ 死ぬお覚悟で かかりて御座れ
命ある 内に身魂の 借銭を 済ませてくれよ 後は至楽ぞ
よく聞けよ 我さえ良けら それで善し そのような人 末は灰ざぞ
そなただけ 灰になるのぞ 脅しでは 無いぞ頼むぞ 神の子ならば
この度は 苦は影さえも 残さぬぞ 至楽至便の 世と致すから
思い込み サラリと捨てて そのままの 産な心に なりて下され
この度は ハラとアタマの 戦いと くどう申して あるぞ掃除ぞ
苦を楽に 成すのではない 元々は 苦は一厘も 無いぞ至楽ぞ
苦も楽も 無いぞ本来 至楽のみ ここがまことの 高天原ぞ
この度の 岩戸開きと 申すのは そのことなるぞ 天地を見よ
この度の 苦労は後の 永遠の 御世からすれば 一厘ざから
辛抱を して下されよ 元つ神 ついて御座るぞ 為せば成る時
一厘の 手前で見事 御代出ずの ミロクへ成すぞ 成るぞ次々

m(__)m

  • 投稿者: siny559
  • 2008/04/02(水) 08:50:42
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